ついにAMDから第2世代Ryzen(Zen+)のHEDT向けCPUシリーズ「Ryzen Threadripper 2」が登場。その最上位の「2990WX」は32コア / 64スレッドを備えるサーバーグレードなCPU。
32コアという暴力的なマルチコアCPUの性能がどれほど強力なモノなのか。各種データで解説してみる。
この記事の目次
Ryzen Threadripper 2990WXのスペック

まず最初にRyzen Threadripper 2990WXのスペックについて解説する。どうやって32コアを備えるCPUを、わずか1799ドル(約23万円)で売っても利益が出るように作るのか。
などなど、単なるカタログスペック解説や新しい機能の紹介だけでなく、Ryzen Threadripper 2の内部構造についても触れていきたい。Ryzenの設計はなかなか斬新だから面白いですよ。
カタログスペックの比較
CPU | Ryzen TR 2990WX | Ryzen TR 2950X | Ryzen TR 1950X | EPYC 7551P |
---|---|---|---|---|
世代 | Zen+ | Zen | Zen | |
プロセス | 12nm | 14nm | 14nm | |
ソケット | Socket TR4 | Socket TR4 | Socket SP3 | |
コア数 | 32 | 16 | 16 | 32 |
スレッド数 | 64 | 32 | 32 | 64 |
ベースクロック | 3.0 GHz | 3.5 GHz | 3.4 GHz | 2.0 GHz |
ブーストクロック | 4.2 GHz | 4.4 GHz | 4.0 GHz | 2.55 GHz |
手動OC | 可能 | |||
L1 Cache | 3 MB | 1.5 MB | 1.5 MB | 3 MB |
L2 Cache | 16 MB | 8 MB | 8 MB | 16 MB |
L3 Cache | 64 MB | 32 MB | 32 MB | 64 MB |
対応メモリ | DDR4-2933 | DDR4-2666 | DDR4-2666 | |
チャネル | クアッド(x4) | クアッド(x4) | オクタ(x8) | |
最大容量 | 1TB | 1TB | 2TB | |
ECC対応 | 対応 | 対応 | ||
UDIMMのみ | RDIMMも可能 | |||
PCIe | 64 | 128 | ||
構成 | x16 / x8 / x4 / x1 | 8 x16 / 32 x4 | ||
内蔵GPU | なし | |||
GPUクロック | – | |||
TDP | 250W | 180W | 180W | 180W |
MSRP | $ 1799 | $ 899 | $ 999 | $ 2100 |
参考価格 | 約23万円 | 約11.5万円 | 約10万円 | 約48万円 |
サーバーグレードCPUの特権だった「超多コア」の領域に、一般向けCPUがようやく入り込んできた。18コア以上の世界は主にXeonやEPYCの特権だったが、Ryzen TR 2にアッサリ決着をつけられた。
今後、XeonやEPYCの持つ特権は「RDIMM対応」(ECC Registered DIMM)と「マルチソケット対応」(1つのマザーボードに複数のCPU)ぐらいになり、単に多コアが欲しいだけならRyzen TRで十分な時代が到来。
しかもRyzen Threadripperのスゴイところは何と言っても「安い」こと。あまりにも安すぎる。インテルなら18コアが約20万円で、28コアが100万円は必要でした。
今回は32コアが約23万円です。1コアあたりの価格はCore i9と比較して半額、Xeon Platinumと比較して8割引きということになる。HPCの世界にとっても、かなり魅力的なコスパであることは間違いない。
EPYCに酷似するが、機能は削ぎ落とされている

「多コアでとにかく安い」のがRyzen TR 2990WXの魅力だが、これだとサーバー向けCPUである「EPYC」の立場がなくなってしまうため削ぎ落とされた機能もあります。
- マルチソケット対応はなし
- ECC Unbuffered DIMMのみ対応
- クアッドチャネルまで対応
- メモリは最大1TBまで
- 半分まで削られたPCIeレーン
設計上はEPYCとほとんど同じだが、4つあるダイの内2つのダイに、意図的にメモリコントローラやPCIeコントローラを省くことでEPYCとの差別化を行っている。
カタログスペック上ではRyzenはECCメモリーをサポートするが、レジスタバッファはサポートしません。ECCメモリーを使いたい場合は、「DDR4 U-DIMM ECC」じゃないとダメ。
メモリーの対応クロックは条件によって変動
チャネル | ランク | スロット数 | 枚数 | クロック |
---|---|---|---|---|
クアッドチャネル | シングル | 4 | 4 | DDR4-2933 |
8 | 4 | DDR4-2666 | ||
8 | 8 | DDR4-2133 | ||
デュアル | 4 | 4 | DDR4-2933 | |
8 | 4 | DDR4-2666 | ||
8 | 8 | DDR4-1866 |
メモリコントローラが2個あるので、メモリの挿し方はマザーボードの説明書をよく読んだ方が良い。基本的に、メモリスロットの内、何スロットを使うかによって対応クロックが変化します。
たとえば、8スロットあるマザーボードに8枚のメモリーを挿し込むとDDR4-2133(デュアルランクメモリの場合はDDR4-1866)までしか対応できない…という具合に。
限界まで性能を引き出す「Precision Boost Overdrive」
第2世代Ryzenから、自動オーバークロック機能として「Precision Boost 2」「XFR2」が実装されているが、Ryzen Threadripper 2には更に「Precision Boost Overdrive」も実装されました。
略してPBOと呼ばれる新しい自動オーバークロック機能は、従来のPB2やXFR2を更に上回るオーバークロック機能。有効化すると3年保証が消えてしまう、強力かつ危険な機能でもある。
PBOが行うこととしては、CPU温度・供給電圧・そして負荷に応じてダイナミック(動的)に全コアのクロック周波数を変動させることで、Ryzen Threadripper 2の性能を最大まで引き出す。
AMDいわく、手動オーバークロックより安定した性能を得やすいらしい(手動OCは常に数値が固定で、PBOは状況に応じて可変です)。
PBOによってどこまで性能が伸びるかは、後ほどデータで確認する。
32コアを1799ドルで実現する、合理的な設計と構造
話をカンタンにするために簡略化してRyzenの設計を解説すると、「CCXと名付けられた4コアCPUを、複数組み合わせて多コアを実現する」となります。

まず「CCX」を図解したものがコレ。単なる4コアのCPUです。4コアくらいのCPUなら、高い歩留まりを維持したまま量産できるメリットがある。
歩留まりとは、例えばCPUを1000個作って、その内の何個が不良品になるか。一般的に1つのCPUで多コアを目指せば目指すほど、ダイの面積が巨大化して歩留まりは悪化してしまいます。
作っても作っても実際に製品化できるダイはごくわずかになってしまうために、インテルの多コアCPUはバカみたいな値段になるのです。

4コアCPUを2個合体させると「8コアCPU」の完成
この問題を解決するのが、AMDがZeppelinと名付けている設計方式。「1つのダイに多コアは難しい。なら、簡単に作れるCPUをまとめてしまえばいい。」というアプローチ。
「CCX」と呼ばれる4コアCPUを大量に作って、あとはインフィニティーファブリックと呼ばれる内部バスを使って接続するだけ。CCXを2個組み合わせれば、8コアCPUの完成。
そうして出来上がる8コアCPUが「AMD Ryzen 7」ですね。では、出来上がったこの8コアCPUを2個組み合わせるとどうなるか。16コアになって、Ryzen Threadripperの出来上がり。

じゃあ4つ組み合わせると?…、32コアになってEPYCまたは今回のRyzen Threadripper 2990WXの完成だ。Ryzen 7が1個あたり300ドルだから、4個で1200ドル。

この図解はIntelがかつて採用していたソルダリング(参考)
あとは各種コントローラの設置や、複数のインフィニティーファブリックの配線、そしてインジウムをふんだんに使った贅沢なソルダリング(ハンダ付け)を施し、最後にAMDの取り分を入れて1799ドルなり。
まさに合理的な設計です。理屈だけで考えれば、32コアどころか、64コアでも128コアでも作れてしまいますから(ダイ間のレイテンシが最大のネックですけどね)。



ちなみにこれがAMD公式のThreadripper専用空冷(Wraith Ripper)。でも…PBOを使って運用するつもりなら、280mm以上のラジエーターを備えるTR4 / SP3対応の簡易水冷の方が安心かな。
コア数を設定できる「Legacy Compatibility」機能
AMD純正のRyzen制御ソフト「Ryzen Master」を使うことで、Ryzen Threadripper 2990WXの動作コア数をコントロールできる。
2990WXに搭載されている4つのダイを、有効化したり無効化することで実現する。「1 / 4」モードで8コア16スレッドになり、「2 / 4」モードで16コア32スレッドに※。
なぜ、AMDがこんな機能を用意したかと言えば、マルチスレッドへの最適化が上手く行っていないアプリに対応するため…とのこと。
※ 「3 / 4」モードはありません。
2990WXの機能とスペックまとめ
- 脅威の32コア / 64スレッド
- PCIeは64レーン対応
- メモリは最大1TBでクアッドチャネル対応
- Ryzen TR 1950Xより改善されたレイテンシ
- ECCは「ECC U-DIMM」のみ対応
- 手動オーバークロック並の性能アップを目指す「PBO」
- コア数をコントロールする「Legacy Compatibility」
なお、互換性について一つ注意点がある。2990WXは従来のTR4対応マザーボードをBIOSアップデートにて使用可能だが、想定されているのは16コアまでです。

最新モデルはVRMフェーズ数が全く違う
よって、32コアを想定して電力供給系が設計されている最新のTR4対応マザーボードを使ったほうが、性能を引き出しやすい。特に電力供給の安定性はPBO有効時の性能に関わってくるだろう。
記事を書いた時点での、2990WXにおすすめなマザーボードはMSI製「MEG X399 CREATION」のみ。CPU用に16フェーズを備えるバカでかい電力供給系を備える。
付属品にグラボらしきパーツがあるが、これはグラボではなくNVMe SSD用の拡張ボード。最大4枚のNVMe SSD(PCIe 3.0 x4)を接続可能で、それらをMSI Aero用のファンで冷却してくれる。
Ryzen Threadripper 2990WXの性能
テスト環境 | ||
---|---|---|
CPU | Ryzen Threadripper 2990WX | Core i9 7980XE |
マザーボード | MSI MEG X399 Creation | MSI X299 Gaming Pro Carbon AC |
メモリ | DDR4-3200 G.Skill FlareX 8GB x4 | |
グラボ | EVGA GeForce GTX 1080 | |
SSD | Samsung PM863 1TB | |
電源 | SilverStone ST1500-TI 1500W Titanium | |
OS | Windows 10 Pro 64bit |
ベンチマークデータは米Toms Hardwareより。使用されたテスト環境は以上の通りで、マザーボードにMSI MEG X399 Creationが使われた。
MSI MEG X399 CreationはCPU用コネクタを16ピン備え、最大576Wの給電が可能。そしてVRMフェーズを16個(SOCとメモリ用に更に3個のVRMフェーズ)を備えており、2990WXをOCしても十分に安定した給電が出来る。
メモリはG.Skill F4-3200C14D-16GFXが使われている。第2世代Ryzen対応を謳うDDR4メモリーで、これを4枚使うことでクアッドチャネル駆動にしている。SSDはNVMe接続の高速SSD。電源はチタニウム認証の1500W。
基本的にほとんどのボトルネックは排除されています。
CPU性能編
圧巻のレンダリング性能
多コアCPUの主戦場はやはりレンダリング。定番のレンダリングベンチマーク「Cinebench R15」で、Ryzen 2990WX(ついでに2950X)のシングル性能とマルチ性能を確認。
Cinebench R15 – シングルスレッド性能
Zen+ZenSkylake-X
言わずもがな、やはりi9 7980XEの方がシングルスレッド性能は優秀。なお、2950Xのシングル性能を見ると、第1世代から大幅に性能アップしていることが伺える。
1950Xでは160点前後だったが、2950Xでは180点前後までシングルスコアを伸ばしています。2990WXはクロック周波数が上がりにくいため苦戦するが、それでも1950Xよりは速い。
Cinebench R15 – マルチスレッド性能
Zen+ZenSkylake-X
マルチスレッド性能は当然のごとく、32コアを備える2990WXが猛威を振るう。多少1コアあたりの性能が悪くても、32コアもあれば現状負けることはないでしょう。32コアを活かせる環境があれば、2990WXが化物CPUになる。
2950XもPBO有効時に大幅にスコアを伸ばしており、1950Xから18%もマルチスレッド性能が向上。
POVRay – シングルスレッド性能
POVRayもCinebench同様のレンダリングベンチマーク。スコアではなく、計測に掛かった時間でCPU性能を評価する。
シングルスレッドはやはりi9 7980XEが速く、傾向としてはCinebench R15と同じですね。
POVRay – マルチスレッド性能
マルチスレッドになると2990WXが圧巻の処理速度を見せつけている。TR 1950Xと比較して45%高速、2950Xと比較すると35%高速です。7980XEと比較すると25%速い。
現行の一般向けCPUで、2990WXに純粋なレンダリング性能で勝てるCPUは皆無です。
3DMark – FireStrike / Physics Score
ただし、条件としてソフト側がしっかりと最適化されていること。3DMark FireStrikeの物理テスト(要するにレンダリング)のスコアを見てみると、なぜか2990WXは不調で2950Xの方が速いという有様。
2990WXは4つのダイ間でデータのやり取りをする際のレイテンシがどうしても大きい。2950Xはダイが2個なのでいくぶんレイテンシがマシだが、ライバルのi9 7980XEはシングルダイなので無駄なレイテンシがほぼ無い。
解凍は爆速だが…圧縮が遅い
4つのダイを行き来することによる複雑なレイテンシは、こういう分野でも大きな影響を及ぼすことが分かった。
7-Zip 解凍 / MIPS
解凍はもともとRyzenが得意としていることもあり、2990WXの32コアがちゃんと効き目を示して圧倒的な速度を実現。約167000MIPSとは…まさに異次元の領域。
7-Zip 圧縮 / MIPS
一方、圧縮になると状況は一変する。今度はi9 7980XEが88000MIPSを記録してトップに立ち、2950Xが2番目、2990WXは1950Xよりも遅い結果になってしまった。
AVX演算機の性質上、HandBrakeは遅い
RyzenとCoreでは、複雑な処理を高速化するアクセラレータである「AVX演算機」の実装方法が違うことで知られる。
Coreには256bit長のAVX演算機を1個搭載するが、Ryzenは2つの128bit長の演算器を並列化して使うことで256bit長を実現している。しかもRyzen TRは複数のダイによって実現される多コアCPUです。
構造が全く違うため、ソフトウェアが対応(最適化)していなければ…CPUの持つ性能を活かすことはほとんど不可能になってしまう。
HandBrake x264
x264エンコードで、ここまでやられている。2950Xの方が2990WXより速く、i9 7980XEはもっと速い。
HandBrake x265
AVX2を更に駆使するx265エンコードでは、事態はさらに深刻化。2950Xや2990WXは、i9 7980XEに対して49~53%もエンコードの処理時間が遅い。
エンコード目的にRyzen Threadripper 2を導入するのは、見送ったほうが良いと言える(HandBrakeが対応してくれるまでは)。
Adobeソフトは概ねCore i9に有利
クリエイティブな用途といえば「Adobe CC」ですが、残念ながらAdobe製ソフトはもともとマルチスレッドへの対応が遅いことで知られる。
未だにPhotoshopでは、Core i7を使うのが最も効率よく、8コア以上のCPUはPhotoshopの性能を高速化するどころか、むしろ逆に遅くする可能性すらあるくらいです。
よって、Adobe系ソフトを使った勝負では、結果を見ずともCore i9が圧勝することが分かっている…。ただ、テストにはPCMark 8のプリセットを使って行われているので、実態とは違う結果が出る可能性はある。
PCMark 8 – Adobe Illustrator CC
イラストレーターはi9 7980XEが2.72秒を記録してトップ。
PCMark 8 – Adobe Photoshop CC
Photoshopでは、あまり大きな差が出ていない。PBOを有効化した2990WXが異様に速いが、2950X PBOは劇的な効果を得られていないので参考値として見たほうが良い。
PCMark 8 – Adobe AfterEffects CC
AfterEffectsもだいたい同じ。やはりi9 7980XEがトップクラスに速く、多コアでレイテンシが複雑なRyzen Threadripperは苦戦気味。
ブラウザの実行速度もCore i9が強い
Mozilla Kraken 1.1
ブラウザ上でJavascriptの実行処理速度を競うベンチマークです。シングルスレッド性能の方が結果に与える影響が大きいため、Ryzen TRは苦戦する。

ゲーミング性能編
VRMark
VRMark – Oragen Room / 平均fps
Zen+ZenSkylake-X
当然のことながら、VRMarkは32コアに対応しているはずもないので…2990WXの持つ本来の性能なんてほとんど活かせていない結果になります。一方、シングル性能が優秀なi9 7980XEは優秀。
フルHDゲーミング
GTX 1080を使って、ボトルネックが出やすいフルHD画質(1920 x 1080)にて。傾向はVRMarkと同様に、シングルダイ構造でクロック周波数が高いCore i9 7980XEに有利なものとなっています。
AotS : Escalation / 平均fps
Far Cry 5 / 平均fps
Grand Theft Auto V / 平均fps
Shadow of War / 平均fps
Project Cars 2 / 平均fps
おおむねi9 7980XEが、Ryzen 2950Xや2990WXに対して5~20%ほど高いフレームレートを引き出している。PBOによるオーバークロックで一定の効果は見られるが、それでもi9 7980XEには届きません。
配信用途ならRyzen 2950Xがコスパ最高
コストパフォーマンス(100円で得られるフレームレート)
とはいえ、コストパフォーマンスを考慮すればi9 7980XEはそれほど魅力的な存在ではなく、むしろRyzen TR 2950Xのコスパの良さが際立ってくる。
OBS(Open Broadcaster Software)を使った配信の安定性は、レイテンシの影響でThreadripperがわずかに劣るが、コスパを考えれば問題なく許容できる範囲です。
i9 7980XEと互角の配信性能と、若干劣るゲーミング性能を、半額で手に入れられることを考えるとRyzen TR 2950Xは非常に魅力的。逆に2990WXは出番が少ない…。
消費電力とオーバークロック
次はRyzen Threadripper 2990WXの消費電力について。32コアもあるので凄まじい消費電力になるのは想像に難くないが、常に32コアを使えるアプリは限られているため思ったよりは大人しい傾向。
逆に言えば、しっかりと32コアを使い込む状況なら容易に消費電力は跳ね上がるということ。消費電力が高いほど、発熱はひどくなり、より強力な冷却方法を必要とするのでコスト増要因です。
消費電力 – アイドル時
何もしていない状態で、35~40Wほど。最近のオフィス用ノートパソコンが、アイドル時にせいぜい5W程度といいますから、40Wという数値はなかなかに高い。
消費電力 – ゲーミング
ゲーミングではクロック周波数の高いCore i9の方が消費電力は大きい。クロック周波数が上がりにくいRyzen Threadripperは、Core i9ほど消費電力が上がりませんね。
この結果からも分かる通り、ゲーミングで実際に使ってくれるCPUコア数は限定的ということ。仮に32コア使えるゲームがあるなら、2990WXの消費電力はもっと上昇するはずです。
消費電力 – Prime 95 AVXモード
最後はAVX演算機もフルに酷使する、Prime 95による負荷テスト時の消費電力。Ryzen 2950Xと2990WXは、定格運用なら公称値に収まっているが、PBOを有効化にした状態ではとんでもない消費電力に。
- 定格運用:TDPに収まる消費電力
- PBO運用:TDPの1.8~2.0倍もの消費電力
最大で500Wに迫っており、16pinあるEPS12Vの給電能力の限界まであと76Wです※。576Wもあれば不足することはないだろうと思っていたが、32コアをオーバークロックするとなると、16pinでも危うい領域です。
※ EPS12Vの給電能力は、8pinあたり24Aです。16pinで48Aになり、12Vを掛けると576W(48A x 12V)になります。
…ここでワットパフォーマンスについて確認しましょうか。定格で250W、PBO有効化で500Wと2倍。果たして消費電力を2倍にして得られる性能は、コストに見合ったものなのか?
ワットパフォーマンス(1WあたりのCBスコア)
やはりPBOによるオーバークロックはコスパ最悪です。それでもi9 7980XEと互角のワッパを維持している点は感心。ただ、これならPBOを使わずに定格運用で良いのでは、と思いますね。
PBOはワットパフォーマンスの悪化だけでなく、冷却の難しさという課題も抱えているためです。
2990WXの冷却はかなり難易度が高い
というわけで、CPU温度について確認しよう。Ryzen Threadripperは実際のCPU温度(Tdie)に+27℃のオフセットを掛けて、ファン制御温度(Tctl)を算出する仕様になっています。
27℃加えて出てきたTctlが95℃を超えると、自動的にクロック周波数を落とす安全機構が用意されている。95 – 27 = 68なので、性能を維持するにはCPU温度を68℃以下に抑えなければならない。
Tdie温度68℃における消費電力(システム全体)
CPU温度が68℃の時、消費電力はこのようになっている。驚くべきことに、AMD純正のWraith Ripperで274Wの消費電力を記録している。要するに定格運用なら空冷で間に合うということ。
240mmラジエーターを備えるLiqtech 240 TR4 IIだと、更に299Wまで耐えられる。しかしPBOを適用して500W出そうと思うと、本格水冷でも無理で、チラーや液体窒素といった強硬手段が必要に…。
Tdie温度68℃におけるクロック周波数
クロック周波数はこの通り。
結論として、現実的な冷却方法では2990WXを3.30GHzで運用するのが精一杯。それを超えて3.50GHzや、まして4.0GHz台を目指すとなると、現実的なコストでは実現不可能です。
PBOはRyzen Threadripper 2990WXの性能を更なる高みに持ち上げる技術として、たしかに機能した。しかし、そこには500Wの熱を処理できる非現実的な冷却方法があってこそ、という条件付きです。
Enermax LIQTECH TR4シリーズ360mmモデル 水冷CPUクーラー
2990WXは「簡易水冷でちょっぴりブーストクロック」が性能的にもコスパ的にもベストな選択肢。全コア3.30GHzを超えるオーバークロックは容易ではない。
空冷で定格運用を考えている方には、Noctua製の大型空冷がおすすめ。NH-U14S TR4-SP3は、Ryzen TRの巨大なヒートスプレッダを100%覆うことが出来る大型の接触面を備える。
それをNoctua独自のSSO2ベアリングを軸受けに採用した高性能140mmファンで放熱。Socket TR4 / SP3向けの140mm空冷として、現行の最高性能に位置します。
まとめ:2990WXは偉大だが、適切な運用は困難
Ryzen 2990WXの強み:現実的な価格の32コア
- Core i9を震撼させる脅威の32コアCPU
- Xeonも冷や汗をかく最強のマルチスレッド性能
- 効果があるOC機能「PBO」
- ちゃんとTDPに収まる消費電力(定格運用)
- インジウムたっぷりなソルダリング
- 空冷でも適切な運用ができる(定格運用)
Ryzen Threadripper 2990WXは「偉大」というか「金字塔」と言いますか。とにかく、過去32コアCPUを一般向けに販売した例は無いし、1799ドルというふざけたMSRPも先例が皆無です。
間違いなくコスパ最強の32コアCPUであり、現実的なコストで得られるCPUの中ではトップクラスのマルチスレッド性能を持つ。1799ドルと言えば、i7 6950Xが頭に浮かぶが、もう3倍のコア数まで来てしまった。
「32コア」以外で評価するべき点は、TDP 250Wという公称値通りの消費電力と、ヒートスプレッダとダイの間にソルダリングを採用したこと。定格運用なら大型空冷で十分に適切な冷却が可能です。
もちろん、出来る限り性能を引き出したいなら簡易水冷を用いて運用するのも手。3.30GHzくらいまでなら、十分に行ける。
Ryzen 2990WXの欠点:際立つ運用の難しさ
- 32コアをマトモに使えるソフトが限定的
- 3.3GHz以上のオーバークロックは困難
- 2950X(16コア)の方が明らかに出番が多い
- キャッシュを駆使するソフトで性能が出ない
一方の欠点は、やはり運用の難しさでしょう。32コアはスゴイけれど、残念ながら進化の速度が早すぎてソフト面がまったく追いついていないのが現実です。32コアどころか、16コアを適切に使えるソフトも珍しい。
それだけでなく、32コアを実現するために4つのダイを合体させた構造も、最適化を更に難しくしている。32コアあったところで、マトモに運用できるかどうかは相当な知識を要するのは間違いない。
現状ではオーバークロックがしやすく、シングルスレッド性能が高いRyzen Threadripper 2950Xの方が選択肢として魅力的。2990WXは「史上初の一般向け32コアCPU」として記念碑的な側面のほうが強い。

個人的な評価は「Aランク」で。32コアによほどのロマンを感じない限りは、正統進化を遂げた16コアCPU「Ryzen Threadripper 2950X」の方が良い買い物になるでしょう。
AMD CPU Ryzen Threadripper 2990WX
Enermax LIQTECH TR4シリーズ280mmモデル 水冷CPUクーラー
G.SKILL Flare X Series 16GB (2 x 8GB) F4-3200C14D-16GFX
以上「Ryzen Threadripper 2990WXの32コアはどれほど強力か?」について、解説でした。
Ryzen Threadripperを使った自作PC

第1世代ですが、基本的な組み方は第2世代も全く同じなので、Ryzen Threadripper 2で自作してみたいと考えている方は参考にどうぞ。
500Wて。。。。
オーブントースター並みだ。。。
要するにBPOのTR 2990WXを冷やすのは、オーブントースターの発熱部分を冷やすのと一緒ですな。
大変参考になりました。それでも運用するとすれば、どのくらいの頻度でメンテナンスが必要になるんでしょうか…(例えばグリスの塗り直しとか)
「Arctic MX-4」や「Thermal Grizzly Kryonaut」など。ポンピング耐性の高いグリスだと、3年くらいは塗り直し不要ですね。
ありがとうございます。ある程度メンテナンススパンが長くできるなら、計算機として使いたいので検討してみます。
型落ちで1950も結構狙い目ですね。
参考になりました。運用するとすれば、どの程度メンテナンスが必要になのかその情報もほしいです。
Intel製のCPUは256bitのユニットを使ってAVX2を実現し、AMDは128bitのユニットを2個使ってAVX2を実現します。
2つのユニット間を行き来するスループットの存在が、AVXに最適化されたソフトでIntelの方が有利な結果を出しやすい原因になっています。
パソコンの詳しいことはそこまでよく知らない若輩者だが、AMDのRyzenを見ていると商業的にはXeon EシリーズのV3やV4および新しいXeon銅銀金白金のES品やQS品や正規版の安いものに対抗しているようにも見える。