2009年から振り返ってみた

mabinogi2009year1

始まりは2009年

マビノギを始めてから5年程
時々他のゲームに浮気して、やってなかったことも多かったが
結局はマビノギに戻ってきて落ち着きます。

最初は秘奈というキャラではありませんでした。
「黒魔女さん」という謎の名前のキャラで、服とか服の色
にもまったくこだわりのないキャラでした。
そもそも染色アンプルという存在自体知らなかったw

これが2009年のケルラベースキャンプ
時計とか今と表記が違いますね(・o・)

こっちがティルコネイル
と言われても木しか写ってないからよくわからんね。

インベがゴミで溢れかえっていて、装備という装備もなく
戦闘にもまったく興味がなかった。

ペットも買っていなかったのでインベと銀行半分
にあるもので全部だった。

この頃は、wikiなどで調べたりすることすらあまりしなかったので、
ウルラ大陸という存在や、露店、影ミッションなども知らなかった。

マビノギを始めて一週間ほどたったある日に
マビノギの先人に話しかけられ、ダンジョンやウルラ大陸の存在を教えてもらいました。

それがこの黒魔女さんの隣の人で
とても親切だったのを覚えていますね。

この人つながりで、いろんな人に会ってギルドにも入ったりしました。
その中でも特に親切に、簡単な戦闘方法やマビノギのことを教えてくれた人がいた。

例えば、アタックディフェンス、2打スマッシュなど。

必死で覚えましたね~ww

マビ始めた少しあとくらいから、やかもちもとい「雛徹」がマビノギを始めた。

懐かしきデザートドラゴン、今じゃ狩る人なんていないんだろうな。
こいつが出た時はマビにこんなに人おったのかぁ、というほど集まって重かった。

マビを教えてもらったそのあとくらいから

マビノギが更に楽しく思えるようになり

「秘奈」が生まれました。

ペットを買ったりもしました。

この頃では二人乗りでそこそこ速いペリカンと、最速だったサラブレッド。

サラブレなんか、スクーターがある今じゃ笑いもんで、どんどん効率化していくのです。
これが、時代の流れってもんで、逆らえるもんでもない。

おぉ、コレ見てください。

わかるかなw
今と表記が違います。

今がコレです。

かっこよくなってます。

違うものはいっぱいあるんだけど、わかりやすいのでコレとか。
キャラクター選択画面の背景。

今はかなりシンプルだったっけ。
わかりやすくなっていいけど。

そんでもって鍔迫もとい「もふっぴ」
そのキャラはネクソンIDでINしなければならなくなってから
IDが分からずINできなくなったキャラである。

それゆえに鍔迫ができたらしい。

賑わう露店、売ってる物も豊富で祝福ポーションやアンプルが結構高く売れた時代です。

大きなリボンが2M~5Mとかだったかな。
昔は高くて手が届かなかったな。エレゴシとか桃色点滅アンプルとか。

今は純色が人気なせいか、点滅すごく安いよね。

2010になってから、イメチェンが続出で
まず雛徹が変わった。

誰かに憧れていたのか、流行りのリボンヘアで。
雛徹がまず一番に戦闘に惹かれていった。

強くなっていく雛徹。

たぶんそれで、なんとなく焦った私が
自分のスキル表を見て、

だめだと思ったので、キャラを一旦消して

同じ名前「秘奈」で再建することにした。

それが、コレ

雛徹に教えてもらってウィンドミルスキルをまずゆっくりでも上げていった。
すごい時間かかったんだけどね。
半年かかったんじゃないかなぁ、根性ってもんがないもんで!( ・´ー・`)

才能もないし、細工もない、そんな時代で生産スキル、主に鍛冶などが1の人は
すごい人なんだと実感した。
耐久のある武器を作れるので、売れていたなぁ。

その後ウィンドミルが1になったあとは、近接スキルをどんどん上げていきました。
それでこんな感じ。

スキル表SS撮ってて良かったw

一応ステータス表も。

よわ。。。
strが300もないとか、かなりですね。
レベルも上げてせいぜい60程度でw

もふっぴもイメチェン
なんか結構適当で、錬金術あげてたのかな~。

黄色い点滅ペンギンで若干有名だったんじゃないかなw

結構騒いでたので(^=^;

のちのち秘奈はまた半年くらいでイメチェン。

これがしばらく続いた。

弓をする為にミスをしないよう下調べをしてから、製錬を上げた。

大変だったなぁ。
鉱石が高くて、時間がかかった。
今はむしろ鉱石って売ってないよな(´・ω・`);

今ある秘奈はマビノギの先人達のお陰なんだとよくわかりました。
フレンドって大事ですね。

長くなったし最後に懐かしのあの子!

今もサブキャラでひっそり見守ってくれてます(笑)

Sponsored Link